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真っ白な履歴書を目の前に、私はため息をついた。
向かって左側は良い。
書く事が沢山ある。
沢山、といっても必要事項だけ埋めれば誰にだって書ける事ばかりだが。
氏名、生年月日、家族構成など、自分のパーソナルデータを埋め、学歴と職歴を埋めれば、それで良いのだから。
問題は向かって右側の真ん中辺り。
「資格」の欄だ。
ここに書けるものといえば、普通自動車運転免許ぐらいだ。
他に思い浮かぶものは、英語検定4級取得だが、これは中学生の時に学校で取らさせられたもので、もう、とうに有効期限が切れてしまっているし、中学2年生レベルの英語能力なんて、恥ずかしくて書けたものではない。
第一今の自分に英語検定4級レベルの英語能力があるのかどうかさえ、怪しかった。
他には何も資格は持っていなかった。
これでは武器を何も持たずにいるのと同じだな、と私は自嘲的に笑った。
なぜ私に武器が必要なのか。
私は今、転職活動中なのだ。
今勤めている会社は薄給の上、馬車馬のように働かせる会社で、残業代が一切出ないのに毎日残業続きで、もう転職してやる!と転職活動に乗り出したのだ。
今の私は、学生時代からアルバイトで働いていた飲食店の店員だ。
就職活動が全く上手くいかず、人生お先真っ暗状態だった僕に、社員になって働かないかと声をかけてもらったのだが、その甘い誘惑に負けてしまった自分が情けない。
仕事内容も知っているし、社員になれば給料もあがるだろうし、良いことずくめじゃないか、と考えたが、現実は酷なものだった。
アルバイトでもできる業務内容に関しては、もちろん熟知していたので特に困ることはなかったが、今までは「社員さんがやってくれるから」と言って任せきりにしていた、責任を伴う業務をこなさなくてはならなくなり、覚えなければならない事も多かった。
呑気に構えていた僕は、あっという間に新卒入社の同期たちに追い抜かれてしまい、なまじ現場を知っているがゆえの驕りや勘違いでミスを連発した。
その上、問題の給料だが、ちっとも良くならなかった。アルバイトには明確に残業代がつくのに、社員は「みなし残業代」として既に残業代が給与の中に組み込まれていたのだ。
おかげで私は、アルバイトの時よりも辛い目にあっていた。
そんなわけで「転職する!」といきがってみたのだが、いざ転職活動を始めてみるも、中途で未経験採用という枠はものすごく少なく、給与アップを狙おうと思うと、本当に、どこにも採ってもらえないという状況だった。
まず、書類選考が通らない。
転職エージェントにも足を運んでみたが、関係する職歴でない場合は、資格などを持っていないと太刀打ちできないですね…とアドバイスされてしまった。
私は、しかし、飲食系の仕事は、もう嫌だと思っていたので、できれば土日がきちんと休みの、いわゆる「会社員」になりたかった。
そして飲食店で働いていた時よりも時給換算して少しでも値が上がるならば贅沢はしないという、すがる思いだった。
それでも資格が無いとなると、武器を持たずに口だけ達者なだけ、と、書類で容赦なく落とされる中で気付き始めた。
パソコンは、一応できる。
一応できるが、口ではいくらでも「できます」と言えるものの、きちんと証明できるものがない。
そして一応できると言っても、ワードやエクセルの打ち込みぐらいで、資格取得レベルに到達しているかと言われると、全く自信がなかった。
でも折角だからパソコンは使いこなせると胸を張って言えるレベルになり、それを資格という形で証明できれば良いな、と私は考えた。
今の世の中、どんな仕事であってもパソコンを使えるのは武器になりそう、と考えたからだ。
実際のところ、パソコン関連の能力はあらゆる会社で基本的に必要とされる能力らしく、公共職業安定所などでも無料のセミナーなどが開かれていた。
金の無い僕は、ひとまずそのセミナーに参加する事にした。
初回のセミナーでは、やはりデスクワークを基本とする会社員になりたいならば、パソコンは必須条件とも言えるスキルで、一般的にパソコンを使える人間は多いが、有資格者は重宝されるので転職には強いというような事を講師が喋っていた。
週に一度の3ヶ月のコースで私のパソコンの勉強が始まった。
パソコン関連の資格には色々な種類があるが、セミナーで学べるのは、基本的なワード、エクセル、パワーポイントといった、各ツールの使い方だったので、ひとまず私はそのスキルを重点的に磨き、関連の資格を取得するという目標を立てた。
実際やってみると、自分が全く知らなかった機能が盛り沢山で驚いた。
それを使いこなすのは確かに慣れるまで難しく、これはマスターすればかなり有効な武器になるだろうと思われた。
私はもともとネットゲームなどでパソコンを使う事が多かったので、難しいとはいっても同じセミナーを受講している仲間達の中では比較的順調に能力を身につけていけた。
とにかく早く資格を取って、転職活動に役立てたかった僕は、セミナー受講だけではあきたらず、書店で資格取得のための書籍を購入した。このくらいの投資はしてしかるべき、と思い、金が無い中、迷いながらも2冊ほど選んで買った。
それから私は資格取得のために昼夜パソコンと向き合った。
飲食店の仕事は辞めずに転職活動をしていたので、時間を確保するのがものすごく大変だったが、暇さえあれば、パソコンを立ち上げて、しかしネットサーフィンなどで時間を潰す事なく、買ってきた書籍とパソコン画面を交互に眺めながら、地道にワードやエクセル、パワーポイントのそれぞれのツールを使いこなす術を身につけていった。
できる事が増えていく事がおもしろく、次第に勉強に熱中するようになっていた。
独学でも学び、セミナーの予習復習にも力を入れていた私は、同じ受講者たちの中でもかなりできの良い生徒だという自覚があった。
しかし、仲間たちだって負けてはいない。
皆、人生がかかっているのだ。
職を得るため、生きていくために必死なのだ。
私のように働きながら資格取得を目指す者もいたが、退職してから通っていたり、リストラされてしまったり、引きこもりから社会復帰しようと頑張っていたり、様々なバックグラウンドを抱えた人たちが集まっていたので、私よりもはるかに時間が取れる人も大勢いた。そんな人たちは、当然私よりもたっぷり時間を使って自分でも勉強していた。
中には本当に就労する気があるのか疑わしい人もいたが、そんな人と比べたって仕方ない。
私は、仲間達に負けないよう闘争心に火をつけて、寝る間も惜しんで勉強した。
セミナーでは、資格試験を受験するためのコツやノウハウも教えてくれたので、私にとっては非常にありがたかった。仲間達も真剣に話を聞いている。
資格試験を受けるのに受験料がかかるのは知っていたが、いくらぐらいするものなのかいまひとつイメージがつかずにいた。
講師の先生から聞いてみることにしたが、その金額は、予想以上に高額で、これは落ちたらとんでもない大損だぞと思った。
それから一発で合格するよう覚悟を決めて、いっそう努力した。
疲れて眠い時や、なかなか理解できなかったり操作方法が覚えられずに行き詰った時には、心が折れそうになったし、日雇いバイトでその日暮らしでもいいや、などと楽な道に逃げ込みたくなったが、飲食店での仕事がしんどいと感じるたびに「ここから一刻も早く抜け出したい」と切望し、それがモチベーションを保つための起爆剤になっていた。
飲食店系でもっと条件の良い会社を探そうか、と思わなくもなかったが、求人情報などを見てみると、やはり条件が芳しくなく、働く時間が良いと思えば給料が低かったり、給料が高いと思うと、今よりも更にきつい仕事内容が書かれていたりした。
私は改めて、デスクワークで、シフトなどではなくきちんときまった時間に仕事をする会社員という職を望んだ。
セミナーが始まって2ヵ月半ほどたち、いよいよ資格試験が迫ってきた。
高い受験料を払って受ける試験で、これで転職活動に有利になるかどうかが決まる大一番だ。絶対に外せない。
入念に学んできた事をチェックして、試験に備えた。
試験当日は、なんだか不思議な気分だった。
そもそも「試験」というのが、学生以来だったので、そういう意味でも変な感じだったが、周りが私服の人間ばかりだったので、あの普通自動車免許以外に唯一持っている英検4級の資格試験を思い出すようだった。
ふと、中学2年生のあの頃の記憶が蘇る。
全員ほぼ強制で受験する事になった英語検定。
私は英語が決して得意ではなかったので、しぶしぶ受験したが、運よく合格してとても嬉しかったのを今でも覚えている。
しかしその翌年の英語検定3級は、面接(口頭試問)があると聞いて怖気づいて逃げ出した。
英語でやり取りする勇気は私には無かった。
そして、高校受験の時に、回りの受験生たちが「英検3級」と堂々とアピールしているのを見て、いたたまれない気分になった。
嫌な思い出がよみがえってきちゃったな、そう思って、私は苦虫を噛みつぶした。
今はそんな事でぐずぐずしている場合ではないぞ、と自分を奮い立たせる。
もうあの頃の逃げ腰な自分は捨てた。
就職活動も上手くいかず、流れに流されるように大変な仕事に就いて、不満ばかり口をついて出てくる今の自分とはおさらばだ。
これからは、資格という武器を手に、生きたい人生を歩むべく、闘っていくのだ。
今日はそのための第一歩なのだ。
そして私は大きく深呼吸して、試験会場へと足を踏み入れた。
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試験の手ごたえには確かなものがあった。
なにしろこの数ヶ月、死に物狂いでがんばってきたのだ。
その努力の結晶が私に自信を与えてくれていたような気がする。
私は落ち着いて、試験に臨むことができた。
試験の結果は、見事に合格していた。
こんなに嬉しいと感じたのはいつぶりだろうか。
大学に合格した時以来の喜びかもしれない。
就活も上手くいかなかったので、私は久しぶりの感情の高ぶりを味わった。
早速試験に合格した旨をセミナー講師に伝えにいく。
すると、同じクラスの仲間達の何目名かも報告に来ていた。
晴れやかな表情を見せていることから、みんなが合格した事が分かった。
私は心から「おめでとう」という気持ちになった。
みんなに対抗心を燃やしてがんばってきた事は事実だが、良きライバルであり、仲間なのだ。
だから、みんなが喜ぶ姿は私にとっても清々しく、喜ばしいことだった。
あとは、自分がいかに企業にPRして、自分を売り込み、採用してもらえるかどうかにかかっていた。
ここから先は自分でがんばっていくしかない。
不安はあったが、今や私は強大な武器を手にしたのだ。
資格という武器を。
胸をはって資格欄に取得したての資格を書き込み、胸をはって自分の能力をアピールできるようになった。
資格そのものも勿論武器になったが、案外、このように自信がついたことが、もしかしたら何よりの強大な武器だったのかもしれない。
自分から自信が滲み出ているという自覚があり、それは堂々と話したり、胸をはって人前に立てたりする力をも僕に授けた。
資格を取得してからは、書類審査の通過率がぐんと上がった。
それも自信につながった。
また、資格をもっているという事で、有利になる企業を選別するのにも役立った。
自分の能力を必要としてくれている企業にアプローチした方がマッチする確立が高くなるため、書類通過して面接もどんどん先へ進むという事が増えた。
そして私は、資格を取得してから3ヶ月後に、無事新しい勤め先を見つける事ができた。
中小企業の事務員の仕事だった。
流石に大企業の懐に飛び込む事は叶わず、中小企業ではあったが、会社の雰囲気がとても良く、面接に行っただけで居心地の良さを感じたため、ここに決めた。
働きはじめてまだ間もないが、職場の雰囲気は良いし、何よりも、朝から夕方まで定時で働き、休日はしっかり休める上に、今までの飲食系の仕事よりも給料が良くなり、言う事なしだった。
資格一つ取るだけで、こうも人生が拓けるならば、人生、まだまだ捨てたもんじゃないな、と私は心底そう思った。
努力して掴んだものは、本当に大きく強い武器になる。
そしてそれを使いこなす事に喜びを見出して、私は今、新しい生活を楽しんでいる。